知らない角の曲がり方
Friday, April 16th, 2010
22でかいた。このころからすでに自分の真ん中のキャラとはほど遠いところで書きすぎでなんてズルいんだと思う。
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君に一つ秘密の話しをしよう。なぜ今そんな気持ちになったかのは秘密。24時をいくらか回った頃だよ。
これは知らない角の回り方についての話しだ。僕は今とても幸せだ。
僕は知らない角の回り方を君に教えようと思う。これは大事な方法だ。
僕が知らない角を回るにはそれなりの理由がある。女々しいことに、僕は人を傷つけたかな、この不思議な手触りはあれじゃないかな。そういう風に思うときに、知らない角を曲がることに決めている。試しにこないだ久しぶりにそれをしてしまったときのことを君に話そう。時々僕はきみに大事な話しをすることに決めている。いまいったこともそのひとつだけれども。わかるかい。君にも僕の大切な儀式を伝授しよう。
僕はあるとき、女の子をなんとなくきずつけた。傷つけたどころか、なんとなく、傷つけたのだ。これは傷つけたほう、傷つけられたほうのどちらにとっても、一番タチが悪いよ。明らかに傷ついて、あちらもこちらもそれに傷ついた場合、僕らはそれに向き合うチャンスもあるのに、こういう傷つけ方は後を引く。
眠るのが上手い君はよくしっているとおり、傷があとをひくかどうかは、その日の睡眠の質にもよる。よく眠れれば、よくおなかをすかせたバクが現れる。案外してするどいそのツメで痛みをまず引き裂く。僕たちは夢のなかで、やめて、そんなことをしたら痛いよ!というのだけれども、バクは構わずに痛みを含んだ僕たちの夢にツメをたてる。いよいよ。と思ったときに、僕たちはあれっ?へえ、いたくないや。と分かる。バクのツメはあれほど尖っているのに、いたくはないのだ。それと似ているものがある。死ぬことだよ。あれはそれほど、いたくないんだ。覚えておくといいよ。それで、バクはそのツメで、夢を食べやすい形に切り刻んで、ろくにかみくだきもしないまま、億劫そうに飲み込んで、いってしまう。さようならもいわずにね。僕たちなんかには興味がないんだよ。
それであるころから僕は、なるべく、自分で自分の傷を片付けよう。と思うことにした。どうかな?ちょっと立派じゃない?それで、女の子を傷つけた話しだ。ところで、口にするだけで悲しくなるようだね。女の子を傷つけるだなんて。まあしかし勇気をもって話しをしよう。これは大事な話しになる気がしてきたよ。
それで僕はなんとなく傷つけた。たしか、とりとめもない、すれちがいだった。それはそれはなんとなくな、些細なことだった。楽しいパーティーの中にはいった小さな小さな失敗だよ。大目にみても構わない。とあるときなら思ってしまうかもしれない。皆お酒ものんでいた。よくあることだ。それでなんとなく口が滑った。なんか不思議な手触りがしたんだ。ああ、ちょっと力をいれすぎたな。みたいなね。でもそのときは、そんなの、ナイーブ過ぎる。と思った。言葉が僕を離れているように思えていた。実はこのことは僕がもっとも恐れていることの一つだ。ということで、僕の君よ。これが僕が君にいいたいことのひとつだぜよ。言葉を心にひきつけて、一つ一つ大事にいおうぜ。できるかぎりから、で構わない。特に大事な人に対していうときは、そうするといい。本当は、大事じゃない人などいない。ということならば、ほんとうにほんとうによかったのだが。
それで実は、ようするに、そのときはそれで、傷つけたことを、大体わすれてしまった。それこそ、なんとなく、忘れてしまったんだ。僕はね。この告白も、大事なことの一つにしておいて。
で、みんなにバイバイをして、家に帰ろうとしたときに、小さく事件が起こった。終電が怪しかったんだね。いや、頑張れば、最寄の駅ではないけど、歩けば10分のあの駅には、電車で帰ることもできたけれど、しなかった。ひらめいたのだね。ああ、久しぶりに知らない角を曲がるときがきたのだってね。バカだなあ。
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知らない角の曲がり方、にはコツがいくつかある。それは、本当に知らない角を曲がってはいけないということ。これは、ずるいかな?本当に知らない角なんてあるかな?こんなに大きな都市に、長い間生きていくと、自分がどこにいるのか、なんて大体わかるじゃない。大きなビルがあったりして、あああっちの方が僕の家だ。なんてわかる。でも、本当に知らない角はないことが、後で、この儀式のために、大事な要素になってくるんだ。僕たちにとって本当に知らない角はない。でも今曲がった角を曲がるのは初めてだ。僕を今この知らないかどを、知っている角を沢山曲がった経験や、なにか似ているな。ということをヒントにして、なんとか一つ一つ曲がっていく。という力強い感覚を、こうして得ることができる。うそじゃない。ゆっくり考えてみて欲しい。いいか、本当に知らない角を曲がるなんて恐ろしいことが、僕たちのような人間に、できると思うかい?
僕は歩いて2時間くらいかかるだろう場所から、夜の12時くらいからーーちょうどこのくらいの時間だよねーー歩き出した。たしかそれは年末だったのだと思う。僕は自分の家の方向はボンヤリと分かっていた。それで、しばらく息をとめておいて、ふいっと、角を曲がった。一つ目の知らない角の曲がり方を紹介したわけだよ。かけごえかけたりするより、ずっと素敵な方法じゃないかね?実は、僕はこれからいえにつく2時間の間に、どのくらいの知らない角が僕にあるのか、ボンヤリとは予想がついていた。これは悪い徴候ではないよ。僕は大変気分が良かった。覚えたての希望に心を弾ませるあかちゃんのようにね。。
僕は歩き出した。僕は、ポケットにいつも紙をペンを忍ばせるような詩的で馬鹿げた青年時代をすごしたのだけど、最近はそうしたことをすっかり忘れてしまった。最近は、なにか思いついたら、携帯電話にメモをとるんだ。そりゃ、そちらのほうが便利にきまってるさ。でもこのとき携帯電話の電池はしめたことにちょうど切れ始めていた。でも僕は、これは素敵なことだ。と思った。せかいはこんなにも僕を楽しませてくれる。と思った。それで、昔みたいに紙をペンでなにかをやってみようじゃないか。と思った。知らない角をまた一つ曲がった。実はこのことを話せるには、このときにちょっとずつメモをとっておいたおかげなんだよ。僕はそのメモの一つ一つに感謝している。
知らない角をまた一つ曲がり、それまでで一番長い直線に出たときに、僕は、あせるな、はやるな。落ち着いて、一つ計画をたてるために、この直線をこなそう。とと思った。まずは、傷つけたことをわすれよう。そして体が充分にあったまったら、それについて充分考えよう。それで、なにかを見つけるまでは、いえに帰らないぞ。と僕はおもった。知らない角はまだいくらでもあるようだった。
僕はだから、ひとまずなにも考えずにテクテクと歩くことにした。知らない角を歩くことが面白いのは、僕たちは多少の注意力を使わねばならない。ということだ。ふだん僕たちが、慣れてしまった道にたいして、いかに気を使わないであまんじて歩いているか知ることもできる。知らない角を、知らない間に歩く。ということはなかなか難しい。ここは左?ここは右?というのを、心の奥底に残っている、知っている角たちに聞きながら歩く。だから、知らない角を歩くときには、僕たちは知っている角の大切がよく、よくわかる。笑い事じゃないんだ。僕たちが、ふっとそれをおもいだすことができなくなったら、本当に僕たちは、突然に、絶望的な気持ちになるとおもうよ。なにせ、全く全てが知らない角なんだから。
その作業は僕に、自分の知らない知識を蓄えていく最近の自分の生活について思わせた。実を申せば、僕は自分の知識や、読書や、人との出会いについて、ときどき悲しくおもうことがあるのだ。というのも、そうするうちに、自分や、世界が小さく小さく砕かれていってしまうような気が、少しだけしているから。僕たちは新しい知識を毎日仕入れる。それは刺激的であるが、でも僕たちは同時に忘れつづける。オレたちは忘れつづける。というセリフがどっかのロックバンドの歌詞であった。これをはじめて聞いたとき、このセリフはオレを酷くがっかりさせた。とても大事なことを他にも沢山教えてもらったと思っていたロックバンドだったからね。ウソをいうとは思えなくて、これも本当のことだと思った。
僕は知らない角を曲がりながらそう思うわけだ。僕たちが失ったことや、大切にしたいと思ったのにできなかったこと。それに僕たちの足跡と一緒に知らない間に消えうせてしまった角の多くについて一つ一つ考えながら。
けれども感傷的な態度ばかりとってはいられない。センチメンタルさは、バクが一番きらいな味なのだよ。それはおじさんのわきの下の匂いがするんだ。それを舐めるとバクは歳をとってしまうのだよ。
それで僕は、ああ体が温まってきたな。と思う。ちょうどこの白い紙を僕が書き進むように、一つ一つ改行を重ね、段落を形成するように。僕は知らない道をまた一つあるく。それは、なにかを成し遂げた作家でも、僕のようになにもなしとげることに成功したことのない人間にも、それとこれを読む全ての人にも、一様に訪れる大事な瞬間だ。それを忘れないで欲しい。というのも君への大切なメッセージだけれども。
最初の内、僕はいくつ角を曲がったか数えてた。けれども、ダンダンわすれてしまった。もう完全に思いだせなくなったころ、僕は考え始めた。なんとなく傷つけてしまったことを。
僕はこう考えた。どうして僕たちは人を傷つけるのか、ということと、僕はどうして新しい角を曲がるのか。ということにはなにかしらの接点があり、例えばその僕が傷つけてしまった女の子と、僕はまだそれほど長い時間、付き合いをもったことがなかったこと、つまりいってみれば新しい出会いだった、だから仕方ない。そして次の角を曲がりつづければよいのだ。という教訓にもつながるかもしれない。でも怖いといえば怖い。この角ではひっかききずで住んだかもしれないが、次のかどで、いきなり、悲しいことがあってお酒をあおったふだんは気の良いおじさんの運転するトラックが、君にぶつかってくるかもしれない。実をいうと、僕は大事な友達が、一人そして死んでしまったのを体験したことがある。
でも僕は、ああ、今は、さっき、傷つけてしまった女の子のことを考えよう。と思った。僕は決してこの人がきらいではなかった。むしろ好感をもった。道考えても愛してはいけない理由がない。ただただ僕はよくしらなかったのだ。と考えた。僕がもう少しだけこの人を早く知るようにしていたら、それをものおじしなければ、早く、人を傷つけてしまうかもしれないミゾのところを、飛び越えてしまえばよかったのだ。と。ものおじする。というほど迷っていたわけではない。それこそ、なんとなくな、小さな遠慮にすぎないのだけれども。
また一つ知らない角を曲がった。一瞬僕は、バカみたいだけれども、躊躇したのだ。この角を曲がると、次にもう一度この人を傷つける可能性がある。としたらどのように僕はこの角を曲がるべきだろうか。というようなことを考えた。夜の町は抽象的で、角は一つ一つ僕に謎をかける。いわく『そりゃ、この角をこっちにまがれば、みてのとおり明るいけれども、虫じゃあるまいし、光の射すほうにいくのかい?だまされてるかもしれないぜ?』いわく『夜でなければ、きみはこの角を左に曲がっただろうことを僕は、何千人もが僕の前を曲がった様子から、しっているよ。君は臆病だね』。いわく『私は角とはいえないような小さな角だけれど、こんなかどを曲がるのはあなたがはじめて。変わった人ね』
そうして少し迷ったら、ときどき空を見る。一つはほうこうの確認。思いのほか僕たちは空を使っているものだよ。これも大事なことの一つだ。
それと、東京の夜空は明るくて無表情だ。次の角を曲がる。そうして、僕は全てのことに沢山を読み取ろうとしすぎる。と自分につぶやく。しかし年の瀬の独特の冷たさの中でみあげるそらは、今落ちていけばみんな消えちまうんだぜ。という残酷さを持つ強い呪いのように思えてしかたなかった。汚いなりにも美しいものがある。というのを僕はそろそろ知るようになっていたけれども、それとは違う、僕らをだますような、いやらしい汚さのようなものを感じた。呪いを自ら背負いにかかる東京の人たちと、その代償としての小さな傷の数々。それすら上手く使い倒してテレビに流し込む仕掛け人たち。僕たちを待ち受ける次の角は果たして幸せなものか?次回にこうごきたい。なんてね。僕は少し悲しくなった。そういう難しいことも考える。
それで僕は少しあせりはじめる。全然答えがでないじゃないか。沢山のことをまなんだけれども、空に怯えることくらいしかできないかな。と思う。次の角までになんとかしよう。とかけにでるか、それとも大事に一つずつステップをふむか。僕はいままでどうしてきたのか。そしてそれと同じ方法で次もいけば本当にいいのか。知らない角の曲がり方のうち、一番素晴らしいやつを見つけることはできないのか。
僕はダンダンあせりはじめる。一つの座席を譲ることもままならない人類に、地球を救うことがはたしてできるか。そのくらい僕はこの問題を大事にとられた。というのも、逆に、僕が地球を救うくらいの気力でないと、目の前の君を愛しきることはできない。と僕は思っているからだ。巨大な設問に答えることができても、小さな一つの傷をまえに僕はなすすべなく、やりすごす。知らない角を無味乾燥にまた一つ曲がる。どうして僕はここにきたのかと問われたら、さあ。と答える。角をいくつかまがってね。なんてそっけなくいうのだ。
僕はひとまずスコし立ち止まる気がする。いやあ変人だな。と思う。知らない街で、わざわざそこにのりこんで、そしてなににまよったのかもわからない状態で、立ち止まってみせた自分を見つめる。
ひとまず勇気をもって歩き出す。なにがそうさせたかはわからない。それが生きるということなのだろうな。とも思う。それと同じように、僕ははずみで、こう思う。とにかくあやまろう。なんとなくあやまるのでもいい。それと、感謝しよう。この一つ一つに感謝したとて、どんなバチが当たるだろうか。
ところでこの物語りはハッピーエンドで終わる。だから君に話すわけだ。僕が君をがっかりさせたことがあるかよ?あるよね。けれども僕は君ががっかりさせないようにいつも努力をしようと思っているのだ。なぜといって、愛しているので。
それで物語は終わりを迎える。僕は、ああとにかく、感謝しよう。感謝できるんだ。という気持ちでいたわけだ。僕の気持ちは、今話したみたいに、それとよく君がうぇあかっているとおり、移り気で、それと忙しい毎日のなかで、せわしなく変わる。大きな時間で見返してみると、みじめなくらい、誰かを愛している、とかいった気持ちを持てている時間は驚くほど少ない。知っているかい?人が人生の中で、信号待ちをしている時間を合計すると、17日にもなるんだそうだよ。僕たちは例えば、はたして、それくらいの時間、本当に、人を愛しているか。という質問だ。それほどに、僕たちの心はうつろうし、しかもその上にのる言葉は素直ではない。適切な言葉を見つけるのは大変難しい。いまだって、この一連の物語りは、一番いいとこだけとってきて話してるわけで、実際には、ああ腹減ったーとか、頭のうしろんとこがかいーなーとか、その程度のことの隙間で、ちょっとだけ考えてたにすぎないのかもしれない。
それで、それでも物語りは素敵な終わりを迎える。僕は、感謝しよう。とにかく感謝できる。と強く思っていた。どうして彼女を傷つけてしまったのか。また下手をしたらそうしてしまうかもしれない。といったことに答えは見つけられなかった。そのなかでも、なにか不思議な道筋をえて、感謝しよう。とおもうことができた。感謝できるのだ。愛することもできる。それ以外は、もう頭も体もくたくただった。ほとんど呆けていているような形で、歩いてた。僕は極端な人間だから、こんなバカみたいなチャレンジをして、ほんとうにほんとうにバカだなあ。とも思った。もっと気楽に生きていけばいいのに。とも思った。これほど力んだところで、なんにもできないや。と思った。それでも、感謝しよう。感謝できる。と思った。不思議な気持ちだったよ。僕はいきなり知っている角にでたのだ。
これは作り話じゃない。信じていいよ。僕はこの幸運に感謝した。これは行幸だ。スリーセブンだ。僕にはもう宗教もなにもいらない。感謝しよう。愛することができる。という状態で、いきなり知っている角にでたときに、僕は、この暫定的な幸福に、最大限の感謝を投げ返した。僕は知っている角と知らない角の全てに感謝をして、それと虫のいい話しだけれどもなんとなく傷つけてしまった女の子を、死ぬまで、完全に愛することにした。大変限られた、なんとなくな完全さであることにも、完全な感謝をすることにした。
知っている角をまた一つ曲がり、いえにかえると、僕はなにも考えることもなく、くたくたになったおかげでぐっすりと眠ることができた。僕は知らない角を曲がることに成功したのだ。自分にも感謝したのだ。
これで僕の話しはおしまい。といっても君が寝ていることはよく知っているのだけれども。それと、話しが不味くなるから、いうのをよそうかともおもったけど、実をいうと、僕はその女の子が好きで、そうして、結果的には、僕は彼女と結婚して、知らない角を曲がったところにたまたまいたこうのとりをひっつかまえて、複雑なかどを曲がり、それで君が生まれて、そうしてまた僕は一つ角を曲がった。
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